スズキ・イグニス・スーパー1600同乗記
2003年7月13日
茨城県結城郡千代川村 筑波サーキット
「スズキ・フェスティバル2003 in 筑波」会場
イベントURL:http://www.suzuki.co.jp/dom4/festival2003/7_13_tsukuba_notice/
天候:曇り コースコンディション:ドライ
パイロット:「モンスター」田嶋伸博
愛用するイタリアYESヘルメット社製のsparcoのPro-Jetを被ってからスズキのスタッフに右側のコ・ドライバーズシートに誘導された。今回供された車両は左ハンドル車で、かなり使い込んだミシュランのラリー用スリックタイヤを見るとJWRCターマック用テスト車かと思われる。わたしはハッキリ言って身体が大きい方なので、X字状のサイドインパクトバーを持つロールケージを跨いで黒い生地のBRIDEのレーシングシートにキチンと着席できるか正直気になった。しかしそれは杞憂だった。元々ワゴンタイプのボディを持つイグニスはドアの左右と天地が他のスーパー1600のベース車よりも大きいので、かなり楽にコ・ドライバーズシートに座ることが出来た。尤もわたしより大きな体躯を持つパイロットのモンスター田嶋氏がわたしの左側にホワイトとイエローのレーシングスーツとヘルメット、赤いバラクラバを付けた状態で座っているので当然と言えば当然ではある(笑)。ラリーカーの同乗走行はいつもワクワクするものだが、少なくてもわたしは国内ラリー用のランサー・エボリューションのカーボンクラッチをドン!と急激に繋いだ瞬間に出てくるあのロケットのような加速をダートラコースで何度か体験しているし、筑波サーキットはわたし自身が自らの愛車で走ったこともあるのである程度のことはわかるのではないかと思った。
ベース車のおかげで思いの外居住性の優れているので、室内では狭苦しさは感じない。田嶋氏がシーケンシャルギアボックスを1速にエンゲージするのにレバーを前に倒すといかにもドグギアが噛み合ったような「ガツン!」という音がした。ピットロードをそろそろと走っていよいよコースイン。出力は200PSそこそこであるから加速感はあるが、ラリーカーベースのAWDターボカーのように0が突如100になって脳みそだけがスタートラインに置いてかれるのではないかという感じはしない。その間、田嶋氏の大きな右手はシフトレバーを手前に引いて、第1コーナーをもう3速で回ってしまう。急峻なターマックロードのモンテカルロ用にローギアードのデフを入れているとは言えこれだけ早く3速に入るとは思わなかった。第1コーナーを立ち上がってからは5速まで入れて、第1ヘアピンでは3速に落とす。シフトを落とすのにレバーを前に倒すのだがそれなりの力を要するらしく、いかにもギアが噛み合うような音をさせるのだが、シフトアップの際は力を入れずにポンポンと上げていく。また機械式LSD特有のチャタリング音(バキバキ音)は低速時でも出なかったので駆動系の精度は相当のレベルにあるようだ。数あるスーパー1600ラリーカーの中で最もフィールが優れているというギアボックスはスズキスポーツ内製である。バレノ・ワゴン・キットカーでAPRCを戦っていた頃から内製シーケンシャルギアボックスを持っているが、これは元々は田嶋氏が全日本ダートラやパイクスピークヒルクライムを戦っていた頃のツインエンジンカーからの流用品とのこと。専用ギアボックスを持っているのはスズキとプロトン・サトリアぐらいで、他はヒューランドなどの専門メーカーが販売している「市販品」を使っているのだ。聞くところでは、シフト操作が重たい物もあって、それ相応の体力作りをせずに競技速度で何度も操作すると右肩が炎症を起こしてしまうことさえあるらしい。
田嶋氏は筑波サーキットをコース幅一杯に使って曲がるために、コーナー内側の縁石を跨ぐこともある。特に筑波では最も難しいと言われるダンロップアーチ下では跨ぐどころか縁石の更に内側にタイヤを乗せているのではないかと思われるほどではあったが、タイヤの縁石への「攻撃性」がすごく柔らかく感じられる。それこそゴムボールが縁石に軽く弾んだのではないかと思わせるほどに。荷重のかかっていないイン側だからと言うこともあるかも知れないが、一般市販車の場合だとこのような場所では結構「痛い」挙動を示すことがあって、場合によっては足回りを壊したり、最悪内側の縁石にイン側タイヤを乗せた後にアウト側に側転してしまうことさえある。勿論イグニス・スーパー1600にはそんなことは全く起らず、路面のクリアな筑波サーキットであることもあって少なくてもここでは総じて乗り心地が優れていて且つグリップ感のある脚周りではあった。それだけにローリングが思った以上にあるのだが、その挙動は実に自然な物だった。車体をキチンと作り、それに見合ったサスペンションを与えることで良い結果が出ているようだ。
前輪駆動車の場合、リアサスペンションのセッティングが重要であることはよく知られる。イグニスのはポンポン跳ねることもなくグリップ感があったようだが、それから考えるとリアはオーバーステア気味、つまりヨーイングモーメントが残っている状態でのスロットルオフによるタックイン現象を起こせるようなセットにはしていないようで、コーナーの進入にはブレーキングだけでなく、シフトダウンでもクルマの姿勢を決めているように感じられた。姿勢を決定することに関してそれを如実に示したのが2周目の第1コーナーへの進入。6速から3速に落とすわけだが、フロント4ポッド、リア2ポッドのブレンボキャリパーで田嶋氏は強烈且つ短いブレーキングを行うのだが、ブレーキングとシフトダウンと同時に、進入前にステアリングを右左右とソーイングしていた。これがラリードライヴィングのテクニックの1つ「フェイントモーション」と呼ばれる物で、例えば左コーナーならステアリングをコーナー入口の手前で一旦左に切ってから今度は右に切ってからコーナー入口で再び左に切ることでクルマに与えられるヨーイングモーメント利用したコーナリングを助ける高等テクニックである。これを行う事の副産物としてはステアリングを切ることでフロントタイヤに抵抗が発生するのでブレーキング距離を更に短く出来ることにある。これらから考えると素人考えではあるが、スズキスポーツのスタッフはターマック用テスト車両とタイヤを使ってそれ相応の足回りのテストを筑波向きに行ったのではないだろうかと考えてしまう。まず滑らなであろうサーキット舗装を考慮に入れてもだが。
そしてエンジンである。スーパー1600のレギュレーションでは9000rpmをレヴリミットとしているが、わたしがレヴカウンターで確認したのは8250rpmまでである。しかしこのエンジンがすこぶる気持ちいい音を出すのだ。ターボなぞのかませ物がないぶんダイレクトに耳に入る自然吸気エンジンの高回転域の音なのだ。1t以上とレギュレーションで決められた重量はその実ロードカーのイグニスよりも重たい。とは言え低めのギアレシオと相まって、筑波サーキットの400mの短いバックストレートを3速から順々に6速に刻ませるほどパワフルでレスポンシブルなのだ。カリカリにチューニングするのには決して分相応とは言えなさそうなM13Aなる型式の「お買い物車用エンジン」にそれ相応の「任務」を与えるべく、スズキでは過去数多くの栄光を勝ち取ったモーターサイクルレーシングやAPRCを戦ったバレノ・キットカーで得たノウハウを生かして仕上げたのがスーパー1600用ユニットと言うことになるのだ。そしてわたしが僅か2ラップの間にこの黄色いラリーカーに与える言葉は「至極快適」である。キャビンの大きさによる居住性の良さに始まって、駆動系の滑らかさ、乗り心地の良さ、エンジンのパワフルさなどが上げられるが、何よりもその性能を引き出した田嶋氏の存在が大きい。とにかく乗っていてとても気持ちよく、思いの外快適で、実に楽しかったことと言ったら言葉もない。来シーズンは別の車両を使うとのことだが、そのときはもう少し格好の良いデザインのベース車を与えるべきだとは思った。